■   くろくにの○△□対談・07   ■

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くろくにの丸ごと参画、視覚な対談

「くろ」こと黒坂三和子氏と、「くに」こと向山邦史の二人による電子メール対談、最終回まで掲載しました。ご愛読ありがとうございました。

若葉のライン

○△□往復書簡 bP/2007.9.7

向山さん おはようございます。  
 朝夕が少し凌ぎやすくなってきています。
  熱い緑茶のおいしい朝です。

前にお送りくださった写真、 蛙取りに遊ぶ子どもと大人たちをつつむ水田の黄緑色に眼がなごみます!
今は稲穂の熟しが日に日に増しているときでしょうか。
あと1ヶ月ほどで稲刈り、という頃でしょうか。

先日のニュースで、日本の食料時給率が40%を切ったと聞きました。
穀物換算での自給率は27%程度とのこと。

本当に大丈夫でしょうか。
私たちは生きてゆくために、毎日何かを食べなければならない存在であるという 最も基本的なことを、いつの間にか忘れてしまったようですね。
 その食べものは、
  お米だろうと、パンだろうと、蕎麦だろうと、サラダだろうと、
  刺身だろうと、焼き魚だろうと、ステーキだろうと、
  すべて“いのち”のあるものだったわけで。

この最も大切な意味を表現している素晴らしい言葉。
とても短いけれども、とても含蓄のある言葉、
しかも、誰もが知っている日本語!
それは、
  “ いただきます! ”、と “ごちそうさま!”

  ”いただきます”
   これは、自分が他の“いのち”をいただくことで“生きてゆける”という存在を、
   自覚しつつありがたく、味わって頂きますので、成仏してくださいますように、と。

  ”ごちそうさま!”     
   これは、おいしく、ありがたく、他の“いのち”をいただきましたので、
   これで今日も生きてゆけますので、感謝いたします

こんな深い意味が込められている素晴らしい言葉!

実は、この日本語の素晴らしさに最初に気がついたのは、海外で最初にディナーに招待された時でした。
テーブルに全員ついてお祈りをしてから、さあーと食べ始める時でした。それまで英語だったのですが、私はつい日本語で“いただきます!”と言ってしまったのです!
その聞きなれない音に、食べ始めようとスプーンやナイフを手にしていた子どもも大人も全員が“フリーズ”し、一瞬おいて、“えっ”と私を見つめたのでした。もう30年以上前の出来事でした。
1980年後半からワシントンDCに年2−3回通うようになっていつも滞在する友人の家では、 “いただきます!”の日本語は食事を始める合図になっています!

  そうですね!
  私たち、生きているものはみんな、
         “ゴハン”を食べて、大きくなったのですよね!

   稲穂の国の人にとって、ゴハンはご飯で、お米を炊いたもの!
   他の地域でのゴハンは、必ずしもご飯ではないでしょうが、
   その地域の気候や土壌に適した“いのちあるもの”であることだけは普遍的な事実ですよね。

   ところで、
   私の今日の朝食は、ミョウガとオオバのみじん切りと小女子とお味噌の入った御椀にお湯を注いでのお味噌汁。そして、コスタリカ・コーヒー。
      “ご飯”ナシ!!!
大きくなってしまったものの特権です!
大きくなってしまったものの悩み!でもあります。                      

  良い一日を! “くろ”こと黒坂三和子
                    2007.9.7




○△□往復書簡・復信 bP/2007.9.8

三和子さんへ

 台風も山梨には大したことなく過ぎ去ってくれました。残してくれたのは被害よりも、大雨による水の貯えでした。
雨が降らずに旱魃で困っている国や地域が多いことを考えると、太平洋のはるか彼方から時間を掛けてやってきてくれる貴重なお客様だとも言えます。
それとこんなに強い台風の雨の中でも我が農場の牛たちは、降りしきる雨もものともせず開墾に精出してくれています。
健気さに感謝、感謝。 

毎日朝昼晩の食事やお茶、いただきものをしたときにも、「いただきます」、「ご馳走様」の言葉を使いますね。
日本人にとって至極当たり前の感謝の言葉にも命の循環の意味が込められているなんて何て素敵なことでしょう。

 私は農家の次男に生まれましたので、戦後すぐの日本の飢餓の時期にも腹を空かして飢えた経験がありません。
母から東京の佐藤さんといういわゆる闇屋さんが田舎に来て、着物や貴重なものと物々交換でお米に交換して列車に積んで帰っても、経済警察という人の検問にひっかかって、みんな取られてしまうこともあって大変なんだよと聞かされたことがありました。
あんなに重いものを毎日背負って危険を冒すほど主食のお米って大事なものだったんですね。私が記憶にもない戦後すぐのころのことです。闇のお米を絶対食べなくて、飢え死にした裁判官もいましたよね。主義のために命を落とすのが良いか悪いかはわかりませんが、それも人生って感じですね。

今の世の中では笑い話のような、つくり話のようなものですね。
やっぱりみんなゴハンで大きくなったんですね。
  明日も良い一日でありますように 

“くに”こと向山邦史







○△□往復書簡・往信 bQ/2007.9.9

むこうやんまさん おはようございます。
 このような都会でも、やはり、朝夕の風で9月に入ったことが肌でわかります。
 緑茶を頂いてから、コスタリカ・コーヒーを啜りながら書いております。

  牛さんも幸せそう!

   そうですか、  
農家に生まれて育ったとは、本当にうらやましいかぎりです。
うらやましい存在の農業に対する私の見方とは、
日本社会では全く逆であることに気がつかされたのは、
日本の急激な経済成長にまっしぐらに突き進んでいた頃、大学に入ってからでした。
とても鈍いのですが、ほんとうにびっくりしました!

 小学生時代は父の仕事の関係で長野県の鼎町と飯田市伊賀良村でした。小学生でも 農繁期には大切な働き手だったからでしょうか、学校は休みになり、ほとんどの級友 は家の作業を手伝っていました。先生は級友のご両親に相談して、私に田植えや稲刈りを 手伝うようにしてくれました。私は、自分の家だけに、水田も畑もなく、牛やヤギもいなくて、 桑畑もなく蚕を飼うこともできずに、、、と。級友たちがとてもうらやましくてうらやましくて、、。
ですから、学校にゆかなくてよくて、田植えや稲刈りをできるのですから、うれしくてうれしくて、一生懸命にしたので、級友よりも頑張ったので誉められました!

土間があって、囲炉裏があって、蚕の繭から糸をつむいでいたおばあさん。大豆を大きな臼で 挽いてできるきなこ。一家総出の餅つき!、、、すべてがうらやましい対象でした。
 隣の農家のおばさんに、これを手で撒くと、手がとてもすべすべになるのよ!といわれて、 夢中になって堆肥を畑に撒いた記憶があります。枯れた桑木につくカミキリの幼虫を、蜂の巣に いる幼虫を、蚕の蛹を、カジカを採って食べることも、級友から教わりました!
 すべてがうらやましい対象でしたが、子ども心に漠然と感じていたことがあります。

お母さんたちの朝から夜遅くまで働く姿に、大変そう! と。

   いつ頃からか、
  最も大切な食べ物を創る人たちの汗を流す働きに対して、また、
     黙々と成長する”いきもの”たちに、心から感謝をこめてお還しするようになればいいなーと想い始めておりました。

           そして、 ついに、見つけました!  

     「多様な”いのち”の恵み恩謝アクション」なのです!
   ”ありがたく頂いた”いのち”に感謝して、”いのち”をお還しする。
    人には心の安らぎをもたらし、地球には”生命力”の活性をもたらす!”  

         9.11に、
        そんなアクションの呼びかけをいたします!
        良い一日を! “くろ”こと黒坂三和子




○△□往復書簡・復信 bQ/2007.9.14

 三和子さん。 おはようございます。暑かった夏もだんだんと遠ざかり、このごろは朝は足が冷たく感じるようになってきました。いくら温暖化が進んでも 季節は確実に巡ってきてくれることが嬉しいです。
 何だかわからないまま写した写真は実は、体重6グラム、体長6センチの「かやねずみ」の巣だったことがわかりました。 7月に菜の花畑で見かけた風景です。



かやねずみの巣



 ところで、立場が違えば見方は反対にもなるんですね。
小中学校のころの山梨では、お田植えのころ、稲刈りのころの年二回、農繁休暇というのが一週間くらいありました。
父母は朝早くから農作業、残された子供たちも貴重な戦力で田んぼを手伝ったり、炊事、洗濯などの家事を交代でやっていて、私にはとても嫌いな時期でした。

 養蚕もやっていましたが、蚕はオボコサンと呼ばれ大事にされ、上族(じょうぞく)まじかの時期には蚕も大きくなって面積を沢山とるために家族は物置などにお引越し、小さくなって隅で生活することも何日もありました。
堆肥を素手で撒けば手はつるつる、すべすべにはなりますが、あの感触は好きになれるものではありませんでした。
黒坂さんのような考えでいたら、私の少年時代はもっと輝いて見えたんでしょうね。

 当時は何もかも牛、馬と人力だけでの作業でしたから、人海戦術以外には方法がありません。ところが今はどうでしょうか何でも機械化です。同じ休みを非農家の友達たちは、みんな好き勝手なことをして遊んでいました。あの子達はいいな〜〜、農家に生まれたことを残念にも恥ずかしくも思っていました。 昔も今も楽して暮らしたい、と思う心は変わらないようです。(笑) 

農場は一日ごとに秋を実感しています。 あしたも良い日でありますように

"くに"こと向山邦史



○△□往復書簡・往信 bR/2007.9.15

むこうやんま さんへ

 おはようございます!
どうも、また台風が沖縄で吹き荒れているようですね。

 「かやねずみ」の巣、なんてエコロジカルなハウス!
すてきですね!
”かやねずみ”さんは、今はどこにいるのでしょうか。
来年は、子育ての様子を覗き見したいです!

 隣の芝生は、、ということなのでしょうか。
あの頃は、1950年代半ば、昭和20年代後半から30年代初めは、
いわゆる、”人工のもの”が殆ど無かった頃ですから、
娯楽だって、ラジオと、時々学校に来る映画くらいだったのですから、、。
農家はほとんどをもっていたのですから、、。
うらやましかったのです!

あの蚕の感触、好きでした。
体が透き通るようになってきたら、繭をつくるためのわらで編んだ繭床?に移す作業も好きでした。
だって、あんな身体から糸を吐いて、あんな美しい繭を創りあげるのですから、、。
茶色の頭の小さな芋虫が桑の葉を食べてどんどん大きくなって、。
食べる音がするのですよね! 
なんて素晴らしいこと! と思っていました。
あの頃、野生の蚕もいたように記憶しています。

 やっぱり、堆肥は手がすべすべになるのですね。
私はあの感触、好きでした!

 ですから、大きくなるに従い、
大切な”食べるもの”を扱うお仕事や産業が、
そんなに大切にされていないことを知るのは、痛みとともに問いにもなりました。
それからの私は、その”痛み”と”問い”を抱きながら”放浪”せざるをえなかったのです。

 年を経る!つて嬉しいことですね。
こういうことをいえるようになるのですから。

 ただひとつだけ、
”うらやましい”というには躊躇していたものは、”肥溜め”! 
落ちるな!気をつけろよ!と何度も言われていたからでしょうか、
夢の中では、落ちてしまったようなこともあったような、。
夢だったのか、正夢だったのか、はっきりしないのですが。

  私たちは、
”ゴハン”を頂く前後には、
”頂きます”と”ご馳走様”感謝しますが、
”ゴハン”が出てゆく時は、挨拶無し! 
しかも、”臭い”という。
何ということでしょうか。

「みんな ゴハンで 大きくなった。」  と同じように、
「みんな ウンチで 大きくなった。」
この意味をじっくり考えてみましょう!

良い一日を! “くろ”こと黒坂三和子




 黒坂さん お久しぶりです。ヒッケ(引っ込み思案)の編集長です。
以前、友人が“ヒッケ”を“火付け”と読んで大笑いした事がありました。お二人のやり取り“快調”の様子楽しませてもらっています。黒坂さんも写真のせてください。今回「ウンチ」も出たことだし、そろそろ次に移りたいんですがお二人のやりとりが面白いのでもう少し、“ごはん”その周辺をお聞かせ下さい。今では“おこげごはん”は取り合いですが、私の子供のころ“電気釜”で炊いたごはんには、頼みもしないのに決まってべったり真っ黒こげごはん、、、子供ごころにここを食べるのは嫌でした。バチ当たりの子供でした(笑)。     
では、向山さんにバトンを渡します。

  ≪ヒッケ、そしてこの頃膝の痛むよぼたん編集長より≫




○△□往復書簡・復信 3/2007.9.20

 夏なのか、秋なのか?お彼岸になるというのにまだ猛暑日。
農場は稲刈りの時期ですが、来春のために開墾、ヘアリーベッチというまめ科の種を蒔くのに一生懸命です。昨日はピクニックランチに4名のお客様が見えました。その席に田舎でもめったに見ることが出来ない「おにやんま」が舞い込んできました。自然が受け入れてくれていて、歓迎してくれているんだ・・・・・なんて自分勝手な考えでみんなで盛り上がりました。



おにやんま



善意や、お金は出さなければ入らないと順番が逆ではありますが・・・・
そうですよね!入ったものは出なければ物事は回りませんよね。循環して永続するためにはそれが基本ですね。すべての生物は何かを摂りいれそれを栄養としてから、排泄をすることで生命を維持してなりたっているといえそうです。
 でも入るときには健康や安全を考え感謝の言葉を出しても、自分の身体が順調に働いて消化し排泄されるときには、バッチー、汚いと敬遠するのはどうしてでしょう。もし便秘が続いて文字通り糞づまりになったり、小便が出なくなったりしたらそれこそ一大事です。

 化学肥料のない時代、人糞は大事な肥料でした。私はまだ子供で肥桶を担ぐことは出来ませんでしたが父は肥溜めに、くさい、臭いと言いながら担いでいました。時間をかけて完全に発酵したものは、臭みは無くなっていたのを覚えています。私はなりたくありませんが、こうなった肥溜めだったら落ちても違和感はなかったかもしれませんね。(笑)

 そこまで待ちきれない生の肥料を撒くことも多かったので、回虫、ギョウ虫、サナダムシ などの寄生虫が誰のお腹にもいて、小学校の時には自分の便をマッチ箱に入れて持ってゆ く検便なんていうものもありました。農薬、添加物がいっぱい入った今の食品ではそのよう な虫たちも居場所を失って共生はできなくなってしまったようです。自分のおなかの中に 何千、何万年も当たり前にいたものがいなくなったのも、時代の変化なんですね。

明日も良い一日でありますように

"くに"こと向山邦史



○△□往復書簡・往信 bS 2007.9.23

 おはようございます。
昨日は、座っていると汗がにじみ出てくるほどのかなりの暑い日。
今朝は曇り空。 夕方には雨が降るという予想。

 オニヤンマ、
いい色、おしゃれですね!
実は、オニヤンマはこちら5階のベランダでもみられます。
昨年はうちのネコたちが捕まえていました!
だた、こちらでは今年は、蝶々やトンボが少ないような気がしています。

 いつも思うのですが、
どうしてこのようなトンボとか蝶とか、
こんなに小さいのに飛び回ることができるように創られたのでしょうね。
彼らのエネルギー効率の高さは、、すごいものでしょうね!
余り食べていないはずなのに、どうしてこんなに動き回ることができるのだろうかと。
地球上の生命が創り出してきた生き物たちを、
人間はどのように科学や技術を発達させても、創ることはできないでしょう!!!!

生命系という見方からも、
あらゆる生物において、食べたものが体外へでてゆき、くさいにおいを発するのは
深い意味があるのだと、。
もし、これがとても良いにおいだったら、間違えて食べてしまうでしょうからね。
でも、人間にとって臭いウンチでも、大事な肥料であったということは、それを大事に受け入れる”生き物”がいるからですよね。

そうですか! それは気がつきませんでした! 時間をかけて完全に発酵したものは臭みが無いとは! 確かに! 臭い肥溜めと、そうでないところがあったような。

  そうですか! 私も回虫がお尻から出てきたことがあったような、、。検便はしましたね!
よく考えれば、
このような部分は、”当時うらやましいと感じていた”ものとセットになっていたわけですね。
これから、大切な”いのち”を育てる農林水産業を再生するために、この大切だけれども、ちょっと困った存在を、どのくらい我慢するのか、どのくらい改善するのか。それが鍵ですね。

さて、
出る方に、いきすぎたようですから、
このへんで、「みんな ゴハンで大きくなった!」にもどります!

  編集長から、私も写真を、、という要望がありましたので、、
早速、
近くのスーパーの”お米”を並べてある棚を撮影し、最初の写真として添付します!
このような”お米”しか知らないで育った子どもたちにとって、
”ご飯”は、 
ハンバーガーやスパゲッティやクレープと同じになってしまうのは、いたしかたないかもしれません。



お米



先月のニュースで、
総務省と農林水産省と文部科学省が連携して、
小学生に農業体験をさせる、、ということになった。
良い事ではないかと思っています!

  ”稲妻(イナヅマ)”の意味、、、とてもとても美しい解釈を、
紹介させてください!!!!
こんなにして米粒ができたのだと知ったら、
一粒でも大切に、、という気持ちになりそうな、。
いかがでしょうか。



お米


 「この「世」は「稲の作柄」が豊かにせしめるような「生命力」と解することによってより説得力あるものになってゆく。稲妻はピカリピカリと光るたびに稲に力を与えているのである。
、、、、、、、、、、  
『日本書記』には稲妻を「稲つるび」という例があって、稲の夫たる雷電が稲と交わることによって米という子が生まれるという古代人の考え方があったことがわかるのである。
 稲の殿がピカリと光って大地に達するのは妻である稲のところに通っているのであって、その愛の結晶が米である。

 こういった古代の信仰が「稲の殿」、「稲つるみ」という呼び名、否、「稲妻」という語にすら残っているのである。
 したがって、稲妻は米粒を立派に生成せしめるための力、生命力すなわち「ヨ」そのものであったのである。 」

( 荒木博之著 「母なる海の喪失ー日本人よどこへ行く」 p420
『自然への共鳴 第2巻 日本の人と環境のつながり』 黒坂編 1989年 思索社)

良い一日を!
"くろ"こと、黒坂三和子



○△□往復書簡・復信 bS/2007.9.30

黒坂さん。

  季節の変化でしょうか、あのときのくしゃみが風邪気味になり何だかすっきりしません。
昨日の朝日新聞の「地球のため大臣をとめて」の記事は、裏話を全然知らない一般人にとっては、その程度の認識の会議だったのとの失望感と、それでもと頑張った人たちの苦労話やら大変参考になりました。
もう10年が経たんですね。

  黒坂さんの米国型資本主義経済の転換の会議だったと言う意見はその通りだと思いますが、現実にどのサミット、政府間の会議でも経済成長の話だけが浮き彫りにされるのを見聞きしていると、本当に難しい問題だと思います。
  今朝徳島の酒造会社の社長が、欧米の遺伝子組み換えなどの荒っぽい、将来地球そのものにも影響を与えかねない方法でない、麹、酵母菌など昔からある経験済みの発酵技術を使った「日本型バイオマス」をTVで提唱されていましたが、後段でおっしゃっておられるように、目には見えない菌のような小さなものや生物多様性や伝統的な知恵を生かす対応も大いにありそうですね。納得です。

遅くなりましたが復メールNO4お送りいたします。
暑さ寒さも彼岸までとは昔からの諺ですが、甲府ではお彼岸をとうに過ぎた28日に32・3度と真夏日が記録され驚きました。でも急速に気温は下がり日中の農作業に余り汗もかかないし、何より水を飲む量が激減しました。紅葉の時期が遅くなるとの報道もありますが、白州の地もやっと平熱に戻ったようなほっとした過ごしやすさになってきました。

  改めて広辞苑を引いたら、いなずまは「稲の夫(つま)」と出ていました。現代風に言えば、空中放電によって空気中の窒素が固定されて稲の生育がよくなる、雷の多い年は豊作だということになるのでしょう。日本書記の時代から稲妻とお米の深い関連が書かれていたなんて、古来から日本人の自然に対する観察力の鋭さがわかって、私もその末裔であることをとっても誇りに感じました。科学とか理屈ではなくて自然に対する敬愛の目がそう表現したのでしょう。黒坂さんの膨大な記憶の中から、稲妻という深い意味を教えてもらって勉強になりました。稲妻のように派手に誰の目にも見えるものが稲の友達なのも嬉しいですが、五風十雨農場でも実行している、化学肥料、農薬、除草剤を使わない田んぼや畑では豊かな生態系が育まれ、泥や土の中、水中、地上部、どこをとっても良く見れば、様々な生き物が溢れかえって食べたり、食べられたりの命の循環生活をしているのも、安全安心なゴハンをつくるためには目には止まらなくても大事な仲間たちです。

  化学物質の無い普通の田んぼではお田植えの日から蛙の大合唱が聞かれますが、除草剤をまいた田んぼからは一匹の声も聞こえない凄い差がわかります。
  EUなどの農業行政では、生物の多様性に助成金をつけていますし、日本でも全農が田んぼの生き物調査に手をつけたり、食育という言葉が市民権を得てきたり、安全安心のお米作りをみんなが考え進めるようになってきたのは大変嬉しいことです。

  五風十雨農場の田んぼには化学物質を一切使っていませんから、動物にとって安全地帯であることはいいんですが、田んぼに生えてくる草をどのように始末するかは大問題です。


田んぼ


ゴロと呼ばれる昔ながらの手押しの除草機から、エンジンつきの除草機にはなりましたが、一条ごとに人間が付いて三回ほど除草しています。でも完全ではありませんから、こなぎという草がビッチリ生えますが、稲の生育に問題はありませんからそのまま一緒に育っています。神経質に完全に草ゼロを目指すのでなく、少しおおらかさのある農業のほうが気持ちもいいものです。効率重視だけではできないことがお百姓さんの世界には本当に多いですよね。

28日(日)には、一日倒れておでかけください。お待ちしています。


くにこと、向山邦史



○△□往復書簡・往信 5/2007.10.5


むこうやんま さんへ

  稲と雷の結晶が“米粒”と紹介させていただきましたが、
余りに、美しいお話なので、次の往信はどのように書いたらよいのか、
そして、そろそろ、次のテーマに、という編集長からの指示を考えれば、
そろそろ“ごはん”を締めなければ、うーーんと少し悩んでおりましたところ!
  何ということでしょうね! 見つけました! 巡り会いました!

  これまでの人生で私が、こんなにご飯がおいしいのかと、初めて心身ともに一体になって喜びとありがたさを感じた時。それは20代後半に、静岡県三島にあるヨガ道場で3日間の完全断食後に、最初に、“重湯―うすーいおかゆ”を一口含んだ時でした!
  この道場では断食中でも早朝の掃除に始まり、就寝までヨガを含めた運動をさせることで有名なところ。早朝のマラソンは2-3キロ先にある滝まで行って水を浴びてから戻ってくるというもので、真冬に滝の水はとても冷たいのですが、思い切って全身を水に入れてしまってから出ると、身体がぽかぽかしてくるのですね。そんな日々をほうじ茶だけで過ごした後の回復食の最初が重湯。その一口をもう一度味わいたくて、翌年にもう少し長い断食をしてみました。準備とともに回復する時も大切で断食と同じ日数滞在したのです。

  この時、おかずが少ないと母や姉に文句をいっていた子どもの頃の自分を思い出していました。この体験を経て、少しくらい食べなくても大丈夫!という確かな何かをもてたことで、その後のカナダ留学中の貧乏学生生活が苦にならなかったのでした。実はちょっと栄養失調気味ほどの状態だったのですが。その頃日本は経済バブルの真っ最中というのに、。 

  でも、こんな私の体験はどこかに飛んでいってしまう、素晴らしい「ごはん」の締めのお話に出会いました!


本
『奇跡のごはん』(東洋経済新報社)

帯には、「“いのち”は食卓から生まれる」とかかれた本が目に中に飛び込んできました!
この本を書いた宮成なみさんは、16歳の高校生の時に、現代の医学では完治することの難しい「結節性動脈周囲炎」と宣告され、白い病院のベッドのうえで、細くなっていく腕を見つめながら、生と死と向き合いながら、食べたものが血になり、肉になり、身体を作っているということを実感したそうです。
そして、
退院後、お母さんの心のこもった「ごはん」を三食しっかりいただくことで、本当に少しずつ、7年半という月日をかけて、小さな苗木が年輪を重ねるように太くなって潤っていく手足を見つめながら命が命を紡いでいるんだ…と、食のすごさを実感した、のだそうです。 

おばあさんから学んだ「ごはんの知恵」のひとつ。
「お味噌汁」は「おみおつけ」ともいうこと。
漢字で書くと、「御・御・御付け」。
「三つの恵み」が入っているのだと。
「海の恵み」、「山の恵み」、そして「大地の恵み」。
そして、
「旬の野菜を旬にたべ、ご飯と汁ばしっかり食べときゃ病気にならん」と。
最後を「ごはんでつくる愛がある!」と結んでいます。

  現在、宮成なみさんは、
30年間の実際に身をもって経験した「ごはん」と「いのち」強い絆を少しでもわかって欲しいと、『オトコをトリコにするメロメロレシピー』(西日本新聞社)も出したり、実践食育研究家として料理教室を開いたりして、毎日を大切に過ごしているそうです。
(http://www.miyanarinami.com/)


  “ご飯を頂く”ことは、“いのち”のやりとりをしながら、身体を大きくするだけではなくて、心を、愛を、幸せを大きくしてくれる、大切な大切なこと。   

とてもステキな結びとなりました!
  次の“大地”へともつながります!
  何というめぐり合せ!
  なにものかの御心に感謝!


秋の番外編
― 空詩土(ソラシド)音楽会に向けてー

コスモス
コスモスの咲き乱れる頃、9月下旬のある日、空詩土(ソラシド)音楽会の打合せとともに、秋の“いのち”に触れながら五風十雨農場ランチをいただきにと、羽鳥典子さんと待ち合わせて出かけました!

甲府駅で降りて別の車両に乗っていた羽鳥さんをホームで待っていましたが姿が見えない。
先にいるのかと改札まで行きましたが、待ってくれているはずの向山さんも見えない!
キョロキョロしてもどこにもいない。
やっと、どうやら今日は別の駅で待ち合わせだったのではないか、と思い出して。
向山さんの息子さんと、番頭さんに電話をしてみると、三つ目の韮崎駅でお二人は待っているとわかり、次の電車を待っていたのですが、予定の時刻になっても来ない。さてどうしたことかと、駅員さんに聞くと、甲府駅から韮崎駅に行く電車は新宿方面行きのホームから発車するのだそうで、また乗り過ごし。予定時刻の50分過ぎくらいにやっと韮崎でお二人と合流!
  私を待ってくださっている間に、お二人は、オーケストラの団員は練習時に一回でも遅れたら即刻“くび”というお話をされていたようですが、、。おかげ様で、空詩土音楽会はメッゾソプラノとチェンバロということで、私は“くび”を心配することもなく、お詫びだけで許していただきました。
皆様、お騒がせいたしました! ありがとうございました!



白州・尾白の森名水公園にある音楽会会場を下見して、
農場のヤギさんやヒツジさんに挨拶して、
稲穂の稔り色に癒されながら、里山風景の中をトトロの家までゆっくり歩く。
訪問された県の関係者と打ち合わせ中の向山代表を残して、
羽鳥さん番頭さんと三人でぶらぶらとしながらの打合せ。
「ほんとうに、まだ1年も経っていないのですね!
羽鳥さんのリサイタルが昨年10月、私の農場訪問が11月、、、
そして、今年3月に二人で農場を訪問して、10月には、ここでコンサートとは、、。
何という不思議な展開でしょうね。」

お昼は、前日から心待ちにしていた番頭さんの“特製ランチ”を頂く! 

  

   今日は、写真でお見せするだけ!
   本ものは、10月28日の収穫祭にいらしていただいて、味わっていただければ、と。

コスモス


コスモス

   

    おいしそうでしょう? とてもおいしいのです!
           何と幸せなひと時。

 

   このくろくに往復書簡を、
  「みんな、ゴハンで大きくなった!」と始めよ!という指示の意味に納得しながら、
   味わいながら頂きました!!!      

     ほんとうに、ご馳走さま!



          くろこと、黒坂三和子  10月5日




○△□往復書簡・復信 5/2007.10.10

黒坂さん。

このところNHKでお米のことが報道されています。日本の大事な食糧や、農村のことがきめ細かく取り上げられているようです。
米1俵が一万円とか、一万円を切るとか言われていますが、これでは農家はやる気をなくし、来年からは米どころ新潟でも米をつくる努力をする人が現れるでしょうか。
私は残念ながら見ていませんでしたからコメントは出来ませんが、自給率を高めることとは逆行することが進行中のようです。
19日、20日夜7時30分から同じ?テーマで特別番組が放送されます。これはしっかり私も見ます。
日本の様々なところで不都合なことが進んでいます。
政治も、経済も、世情も、人心も破滅に向かってまっしぐらの様相に見えてなりません。
最大の問題、地球環境がよくならない限りはすべては「絵に描いた餅」。
今のままではソフトランデイングは望むべくもなく、ハードランデイングでしか、すべてを変えるようなドラスチックな変化にはならないんでしょう。
早く破綻するほうが残る被害は少なくなるように感じるのは、大きなエネルギーを内在する大地震が早く来たほうが被害は少ないことと、同じようのものですかね。
私はもともと健康な身体を両親からもらっていますから、この年?に似合わず、若者になど負けない体力があると思っています。
でも頑張りすぎた翌日はつらいこともありますけどね。これも好きなことを仕事としているから苦にならないからかもしれません。
御釈迦さんも「好きなことを仕事にすれば、一生働かないですむ」とも言っています。 良い眠りを・・・・ 

     ○
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お早うございます。火曜日はロータリークラブもあるので朝から甲府での用事をいろいろしています。
脱穀作業もお空と相談しながらやっていますので思ったようには進みません。日曜日までで三分の二くらいが終わりました。
今年は豊作で50俵くらいの収穫になりそうです。一年の労働がこうして量として結果が出るのも面白いし、大地からの恵みと感謝あるのみです。
山から撮った農場の朝の風景です。手前には稲刈り前の黄金色の稲田、その先には刈り取りが終わってはざ架けし自然乾燥中の風景が。
もう一枚は私の脱穀作業です。今年は強力なコンバインが借りられましたので、脱穀作業も比較的早く終わりました。
明日の晩には雨になりそうですので、今日も稲の脱穀、明日も日曜日ですが脱穀作業です。
この時期でなければ成らないことが多いので、てんてこ舞いの毎日で、夜はグッタリとただ寝るだけです。
「労働は最良の睡眠薬」だと感じます。
眠れない夜があったら、昼間少し重い労働が良いですね(笑)

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  11号の巻頭を黒坂さんの文で飾ることが出来て嬉しいことです。
黒坂さんの人格形成や人生の推移、心の変化が見えてきて黒坂さんのベールが、少しずつはがされてゆくようですね。
タンザニアは私も行ったところですし、タランギリ国立公園のサファリでセレンゲッテイーと同じような光景も目にして感動したことも思い出しました。
農場は今日は久しぶりに晴れが続いていますので稲の脱穀作業、少しの晴れ間が貴重品です。 

     ○
     △
     □

  このところ特にどうということもないですが、メールを見るばっかりの日が続きました。
農場もお米、さつまいもなど収穫期を迎えながら雨続きで予定が中々進みません。
五日に一度風が、十日に一度雨が・・・・・と言う状態はいつでもあるわけではありませんね。
人間が自然に合わせるしかないと思っていても、晴れが続いてくれないかな〜〜と天を見上げます。
来春からの蜜蜂の密源にするお花畑の種蒔きや、牛や羊のための牧草も時期を失すると発芽しませんから何とか早くと焦っています。
昨夜通信11号1700部を発送しました。
収穫感謝祭の準備も皆さんで進めていただいており頼もしく思います。



  今月28日の「五風十雨農場収穫感謝祭」には全国から沢山の皆さまがおいで下さいます。久しぶりの語らいが今から楽しみです。
飛び入り参加も大歓迎です。いちにちたおれてお出掛け下さい。
今日も良い一日でありますよう。  むこうやんま


    くにこと、向山邦史



○△□往復書簡・往信 6/2007.10.22

とうとう、来週は、収穫感謝祭!

  むこうやんま さん
おはようございます。
  今日はこちらの朝もかなり冷えこんできています。
  今日は快晴!
素晴らしい写真をありがとうございます!

農場風景


  雷(カミナリ)と稲の、稲光(イナビカリ)の愛の結晶が十分に成熟し、
  静かに時を待つ、、というような雰囲気の写真!
  とても静寂な感じでありながら、
  何か豊かさと喜びにあふれている写真ですね!
   やはり、朝ならでは、の一瞬。
  毎日、このような風景を見ている人は幸せな方。


脱穀作業

  脱穀作業の写真。
  こうした手をかけてから、
  やっと、私たちの口にはいる”ごはん”になるのですね。


  このように手間ひまをかけて、愛情をかけて、育てて収穫したお米を大切にしないとは、
  稲穂の国、瑞穂の国、どこにゆくのでしょうか。



  ”多様ないのちの恵みに感謝して、頂いたいのちをお還しする”ことで、
   あらためて、他の生きものたちの”いのち”とともに、
   知人・友人・家族、そして、自分の”いのち”のもつ”ぬくもり”を感じながら、
  身近な周りの、地域の、日本の、アジア・太平洋の、地球の
  ”多様ないのち”を育ててゆけるようなアクションを始める時がきていますね。


     来週28日(日)は、

     五風十雨農場の収穫感謝祭!

            天と地の間で
       ”多様ないのち”の協力をえて、
        農場の皆様の汗と想いの稔りの
          おすそ分けをいただく時。

         喜びの気持ち、ありがたい気持ちを
             言葉にして 
              天と地に  
              感謝する 
             ーソラシドー
            空詩土音楽会

       分かち合う方々との出会いも楽しみです。

            お天気に恵まれますように、
              祈ります。

    くろこと、黒坂三和子





○△□往復書簡・復信 6/2007.10.27

くろさん。

 私は夜は早く寝てしまう、朝は5時前には起きていて、7時過ぎには白州に出発が毎日の日課です。相変わらず携帯は持ちません。
最近は遁世生活になってきているので、農場のことは一生懸命ですが社会的な関わりのほうは手薄になってきております。世相や気候はどんどん悪くなる一方通行の感じがますます強くなっていますね。もう逆戻りや循環などは望むほうが無理なんですね。持続可能な開発も矛盾だらけだし、早いハードランデイングしか悪化してゆく地球環境をこれ以上進ませない方法はないように感じます。
明日は久しぶりに顔と顔をつき合わせてお話する時間もとれそう。明日は楽しみだな〜〜
 
むこうやんま



○△□往復書簡・往信 7/2007.11.01



収穫感謝祭

収穫感謝祭


むこうやんま さん

 おはようございます。
   収穫感謝祭は本当にお天気に恵まれて、
  ほんとうに、あたたかな雰囲気のひと時となりました。
   むかいやまさんの想いのあふれたものでした。
   おめでとうございます。
   ありがとうございます。
 
  参加者からの声が届いていますので、次のメイルでご紹介します!


  実は、
  翌日、お墓まいりをしましたところ、
  お掃除をして、お水をかえて、お花をあげて、
  お詫びをして、
    さあ、帰ろうとしていたところ、
    白い蝶がひとつ、黄色の蝶がひとつ、そして、ふたつと
           舞い飛んできたのです。
      一緒の義姉は、
        「信じないかもしれないけれど、、、蝶が飛んできているのは、、」と。
    白い蝶は父、 黄色の蝶は、ふたりのお母さん!
    
      とても不思議な光景でした。

  その後は、
   限られた時間内で、思い切って、身延山の上までいってお参りしてきました。
  初めてでした。
   のぼるにしたがって、
   雪を被った富士山の姿がすこしずつ見えてくる光景は素晴らしいものでした。

   本当に不思議な2日間でした。
   
   
    もどってからは、
    いろいろバタバタと問題や反省事項に対応しております!
   余りの格差に、少し戸惑っております!
          あと2-3日すれば、戻ると思いますが、、。

     どうぞ、よい一日を!
                       くろ、こと、黒坂三和子


○△□往復書簡・復信 7/2007.11.01

  くろさん。

 メール有難うございます。早くお礼メールをと思っていましたが、高校での講演の準備や、
すでに適期を過ぎていて焦っている小麦の種蒔きや、
さつまいもの収穫に沢山の時間を費やして、時間のゆとりが取れませんでした。
さつまいもも掘り終わり、明日2反歩に小麦の種子を蒔けば農作業に追われることからは解放されます。
収穫感謝祭には多くの方々に声かけしていただき、多くの人を引率してきてくれたお陰さまで賑やかな盛り上がった会になることができました。
 特に羽鳥さんの音楽会は開催できて本当に良かったと思います。
 よく練りに練った選曲、チェンバロや、ソプラノとの組み合わせ、番頭さんの言っていた「チェンバロの枝に咲く琥珀色の・・・・」の言葉が本当にそうだったと実感できました。

 私どもくらいの組織ではプロが来てくれるなんて思ってもいませんでしたので、黒坂さんからの提案に又、感謝あるのみです。
  やはり大事なイベントの最後が音楽で飾れると言うことは、主催者にとっても心から嬉しい事です。
    参加者の皆様も感動して帰られた様子が見取れて良かったよかったと思い、これだけで大成功だったと今も思い出しています。

むこうやんま


○△□往復書簡・往信 8/2007.11.02


収穫感謝祭


天と多様ないのちと地に祝福されて

    おはようございます。
   
     向山代表のメイルでは、
     農場では今小麦の種蒔きや、さつまいもの収穫の日々と伺いました。
     改めて、”いきもの”を相手にする生活の意味を学んでいるところです。

    私の方は、
     あの特別な日の余韻を今でも感じながら、
     今は天とコンクリートとの間でフーフーと足掻く日々にもどっています。

    あの日は、
     前日から祝福されていたのだと、
     あの季節外れのような台風は、
     自然らしいやり方での前夜祭をしてくれたのだと、
     気がついたのは、
     早朝2時頃目覚めてベランダに出たところ、
     夜空には雲ひとつなく、煌々と月が輝いていたからです。
     それだけではないプレゼントに気がついたのは、
     列車の窓から、高い山々の上に白い色を見つけたときでした。
   
     小淵沢駅で無事全員集合してべるがのマイクロバスで会場に向う途中、
     公園入口へと向かうのぼりの道の景色も素晴らしく、
     五風十雨農場の収穫感謝祭を祝ってくれているようでした。

    向山代表の醸しだされる雰囲気にあふれていたからでしょうか、
      すーと前日から皆様と一緒に準備していたかのような気になって
      受付の藤巻農場長の隣にいつの間にか立っていました!
     
      受付はいらしてくださるいろいろな方々を知ることができて楽しく、
      来年は前日からお手伝いさせていただこう! と思いながらいました。
             
      近くに移住してきていた高校時代の同級生ふたりは、
      苔玉盆栽塾で楽しんだようですし、
      私はきのこ鑑定にちょつとだけ参加!
           
      天と多様ないのちと地の恵みに感謝を捧げる時間
             空詩土(ソラシド)!

空詩土

緑に少し黄みがかった樹木の葉の間から、
          太陽の光りが少し斜め上から射してきていて、
         そこに、
          渋赤色の衣装をまとったメッゾソプラノの羽鳥さん! 
          明るい水色の衣装のソプラノの稲村さんを側に、
          濃淡茶色の衣装のチェンバロの小俣さんをうしろに!

                   羽鳥さんの
                オンブラ・マイ・フ、アマリッリ、
          とてもやわらかく、あまくあたたかく、のびのびとして
                    初めて、
          メッゾ・ソプラノのプロの羽鳥典子さんの真髄にふれた!と、
                 心身で感じた時でした!
            
                      そして、
           それまでの間にひとりひとりの中で育っていたからでしょうか、  
             それとも、羽鳥さんの巧みな導き方からでしょうか、
              参加者がとても自然に歌い始めましたね!
           

   向山代表をはじめ、藤巻農場長、内田大番頭、農場に関わっている皆様が
           毎日の農作業の時に感じていることを

                    羽鳥さんらしいしかたで、
                  ”未来の叫びに耳を澄ませて
                  宇宙の愛をひきつけて”
                   くださいましたね!
              
                       羽鳥さん! 
                    素晴らしかったのです!
                    ありがとうございます!

                                 くろこと、黒坂三和子
               
                     −−−***−−−
            
    
               
      いらしてくださった方々から、
      こんな感想をいただいていますので、ご紹介いたします。
  
    
      ●  名古屋方面からいらしてくださった女性
        このたびは、大変お世話になり
        どうもありがとうございました。

       おかげで
        とても素敵なかたがたとめぐりあい
        豊かな秋のひとときを
        すごすことができました。
        おいしい有機野菜もたっぷりいただき
        美しい歌声にも触れることができ
        どうもありがとうございました。

       帰路では、夕映えに輝く甲斐駒や
        いただきが白く輝く富士山もくっきり鮮やかに見え
        本当に素晴らしい景色も堪能できました。

       今後ともどうぞよろしく御願い申し上げます。

     ● 東京からご家族と愛犬といっしょにいらしてくださった女性
        その節は、素晴らしい機会を与えてくださり、誠に有難うございました。
        天気にも恵まれ、おかげさまで、農場の豊かな自然の恵みの収穫物を
        沢山、求めることができました。

      実は、私たちは音楽会には参加せずに早めに失礼してしまったのです。
  あの公園は、犬の入場を禁止しているということで、車から外へ出すことができま
        せんでした。そのため、長時間、車内においておけずに、残念ながら、
        失礼してしまいました。

       ただ、その後、あの公園から奥のほうに駒ケ岳神社があり、
        格好なハイキングコースとなっておりましたので、
        ワンちゃんの散歩をかねてそぞろ歩きを致しました。
     新鮮な空気と川のせせらぎを聞きながらの素晴らしいひと時を過ごすことが
        できました。

     皆様に、感謝、感謝の秋の一日でございました。お昼までごちそうになり、
        心からお礼申し上げます。

   
     ● 埼玉県からのご夫妻とふたりのこどもさん家族
        昨日は秋のひと日、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。
        本当にありがとうございました。

     皆さまにも初めてお会いすることが出来てとても嬉しかったです。
    美味しいお昼も家族みんなしてご馳走になりましてありがとうございました。
           
        いつもは根菜が苦手なこどもたちもとてもよく食べてくれました。
        美味しいものはやっぱりわかるんですね。

      
      収穫されたお野菜やお味噌、手作りのパンなどお土産をいっぱい買い込んで、今日のキッチンは五風十雨農場の品物がいっぱいです。なんか幸せです。

       本当に楽しい1日をありがとうございました。
 

     ●  静岡県からの若いカップル
  
        昨日はお世話になりました。
     あの近くで、シマノバイカーフェスティバルという自転車の大会が開かれて
        年に一回は通る道でした。(そこで旦那と会いました。)

      白州で汲んで帰ったお水で炊いた今朝のご飯の美味しさは格別でした。
        お野菜も沢山買って帰りました。

       楽しい一日をありがとうございました。

     ●  武蔵野市から今年社会人となった女性

       本日は素敵な会にご招待頂き、本当にありがとうございました!
        癒しと元気をたくさん頂きました!!

       やはりまだ世の中での自分の立ち位置に戸惑うばかりでしたが、
        素敵な時間、素敵な方々との出会いを頂き、がんばらねば!と
        気持ち新たに、清々しい気持ちです!

           たくさんの「HAPPY」をありがとうございました!
            地球の皆が「HAPPY」でいっぱいでありますように☆


○△□往復書簡・復信 8/2007.11.12

くろさん。

昨夜は凄い会に参加できて刺激的でした。何かを仕掛けてゆくことはとても面白いことですね。大きく広がってゆきそうな、ワクワク感があります。
  今日6日はこの春から開墾作業をしてくれた、あの黒牛たちの出荷日。昔から農家が食べたり食べられたりの命の循環のため、飼育したり食べたりなんだとは理解していても、やはり感傷的になるのでしょう。今日も涙とともに見送ることになりそうです。

11月12日

 収穫感謝祭がもうはるかかなたに思えるほど毎日があ〜〜という間に過ぎてゆく感じです。三和子さんがお話されてお見えになった人たちも
沢山参加していただき、お陰さまで賑やかに会が出来たことに感謝いたしております。昼食を食べ損なわないよう来年は準備をもっと徹底させますのでお許しください。
今は農場も会員にグッズを発送したり、冬の準備に忙しいです。
会社ではBDF(バイオデイーゼルフューエル)を毎月8000リットルほど製造販売していますが、結構なエネルギー、水も使用していて少々
違和感も持ちながら運営していました。このところてんぷら油を特別な処理をせず、直接タンクに入れるSVO(ストレートベジタブルフューエル)の情報が多くなり、
車やトラクターにも導入しようと準備が始まりました。これだと、菜の花や向日葵から油を搾って自前の油で行動が出来そうです。
毎日ワクワクしががら過ごしております。  
今日も良い一日でありますように 。 

 むこうやんま



○△□往復書簡・往信 9/2007.11.12


収穫物



こんにちは!

 昨日、五風十雨農場の収穫物、受けとりました!  
  早速、ご飯とお味噌汁でいただきました!
  来年は、お田植えも草取りも稲刈りもしたうえで、
  ご飯をいただくことにしょうと想いながら
  御代わりをいただきました!

 天の恵みは、大地があって初めて稔るのだということ。 
  素朴なことでありながら、すごいことですね。

 これからの季節は、
  いろいろな衣が地におちて、
  大地の季節が始まるのですね。
  この季節があって、
  翌春の誕生の季節があるのだと、、。
  当然のようなことと思っていることを、よくよく見直してみますと、本当にすごいことですね。

 くろこと、黒坂三和子



○△□往復書簡・復信 9/2007.11.13

くろさん。
世の中が狂っている(私の尺度からみると)ようにしか見えません。
マスコミも嫌悪感、社会的に影の部分ばかりを取り上げて、前向き積極的、楽しい、嬉しいことを取り上げたり、報道する姿勢が見えません。
これで社会をよくしようとするのはとても無理なことでしょう。
少々頭にきている・・・・・のも無理からぬことでしょう。極力悪感情を表に表現しないようにはしていますが、私も切れることもあります。

「大地」

世界を旅してみて日本は凄い国だと思うことも多々あるし、驚くことも沢山あります。ナイロビからタンザニアのキリマンジャロの麓のモシまでの何百キロのバスの車窓からついに水の流れている大きな川、小川すら見ることができませんでした。何十キロも人家がまったくなかったり、遠目には林があり緑も豊かだと見えても、近づいてみれば疎らな潅木に毛の生えたくらいの木ばかりで、日本のように豊かな柔らかい巾の広い葉が茂っているようなわけでなく、酷い乾燥から自分の身を守るためすべての葉はとげ状態になっています。当然地べたにも豊かな草が生えてもいなくて、熱帯特有の赤い土がむき出しになっています。アフリカの乾燥地帯の乾季ではこの風景が当たり前のようです。でも雨季になるとこの光景も一変し、わずかの雨が降っても一斉に何もかも芽吹き大地を覆いつくしつかの間の豊かな生態系を育むものにと劇的に変わってゆくのだそうです。

日本全国のどこの荒地にも10月中旬はセイタカアワダチソウの黄色が咲き誇っていることだと思います。


川原

山梨でも河川敷、畦、草原、一寸したスペースでも精力的に咲いています。繁殖力の強さで在来種の様々な植物が圧力を受けているようです。言ってみれば嫌われ者がのさばっているようです。日本では写真のようにアスファルトのたった一センチにも満たないようなわずかな隙間にも草が生え、このセイタカアワダチソウのように花を咲かせ、実をつけ子孫へと命をつないでゆきます。どこでも生命の循環が当たり前に豊かに、自然に行われていますが広い世界の中ではとても稀な国です。私も循環型の生活を実現させるために、農村にはいって朝から晩まで汗を流していますが、どんなところでも生えてきて、はびこり、ほとんどの作物の生長を上回るいわゆる雑草(昭和天皇もこの表現はしなかった)のために、6月から9月までは作業の殆どの時間を草対策に使わざるをえません。このことは大変な苦労の連続でその作業を嫌って除草剤という化学物質を多用する安直な農業も見かけます。これも重労働の農村、お年寄りばかりになってしまった農村ではやむをえないことのようにも思います。草が生えてくると言うことは、豊かな環境があるから生えてくるのであって喜ぶべきことなんですが、そうでない場所を見たことがなければ、草が悩みの種になってしまいます。

中国のあの大黄河の流れの最北端にある包頭市から100キロくらいのところにあるクブチ砂漠の植林に行ったときには、緑は一切ない黄色の小山のような砂漠のうねりが延々と続いていました。その砂漠の防波堤としてポプラなどを植え続けている、山梨県出身の遠山正瑛さんの活動に感動して私も参加しました。手にとって見ても日本のように黒く栄養の豊富なしっとりした土ではなく、乾燥しきって栄養分も全然ないさらさらした黄色い砂がサァ〜っと流れ落ちます。石川啄木の「いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあいだより落つ」の表現のように、生命の育つようにはとても感じられない無機的で、荒涼としていて、生命が奮い立つような感覚はさらさらに無い不思議なものでした。ここで百姓をすれば、草の生長に苦しめられることはなくなっても、同時に育てようとする肝心の作物も育たないことになるのです。適度に雨が降ることの有難さを感じます。

アマゾン上流のボリビアのサンタクルス郊外で熱帯林を伐採したり焼いたりして開墾する現場に立ち会ったこともあります。日本での常識から考えれば、鬱蒼と茂ったジャングルを切り開いて畑にしてゆくので、それはふかふかの重厚な土が豊かに踏みしめられるものと思っていましたが、意外に腐食の層は薄いものでした。この土の層では何十年も豊かな収穫をもたらしてくれるようには見えませんでした。一旦森を失ってしまえば、亜熱帯の強い日差しで腐葉土の分解が速く進んでしまって肥料を施す必要もないほどの豊かな土が長期には維持できないとも聞きました。

日本の風土の中で何億、何万年をかけて葉が落ち、木が腐り、様々な死骸が重なって私たちの前に黒い土があります。この土も熱帯であれば短時間で分解されてしまって土に土が重なってゆかないし、寒すぎれば腐食にならずにただ積もるだけ。日本に生まれ、育ち、死んでゆく中で当たり前すぎるように生活することが、どれほど貴重な有難いことか、世界にも稀な素晴らしいまさに大地に暮らさせていただいていることを日日感謝の思いで暮らさせていただいています。

むこうやんま




○△□往復書簡・復信 10/2007.11.18

今日は快晴、
朝夕は冬らしい冷え込みが始まっています!

私は、
昨日は環境監査研究会の勉強会の後に、
岡倉天心展に行ってきました。

当時の人たちがどのように、
西洋文化を取り入れつつ、
日本人のアイデンティティをうしなわずにいることができるのか、
あがき続けていたお話は、
今も私たちに響くお話でもあると想いました。


むこうやんま さんが、
ナイロビ、タンザニア、中国、ボリビアなど、世界各地を実際に見てまわって、
特に、私たちを静かに支えてくださっている”大地”を比較しながら、
日本の風土を改めて見直して、
五風十雨農場を始められたというお話を、
こうして文章で読みながら、
私自身も同じように見ていたことを思い出しております。

 私も、20代の初め、
もし、日本の自然を理解したいのであれば、世界の自然を見てこなければ本当に理解できないのではないかと思い、
働いたお金で、ケニヤ、タンザニヤ、インド、空から茶色に見えるインドシナ半島、空からのエチオピア、ドバイ、メキシコ(メキシコ市、プエブラ、メリダ、)、米国(スケネクタディ、ナッシュビル、タラホマ、シアトル)、英国(ロンドン周辺、ブリストル、ノッチンガム)、カナダ(トロント、ケベック、アルゴンクン公園、ヒューロン湖北部、サスカチワン)等を訪ねました。

 そして、仕事でこれまでに、米国(ロスアンジェルス、ヒューストン、サンフランシスコ、ニューヨーク、ワシントンDC,ニュージャージー、コロラド等)、ブラジル、フィリッピン、インドネシア、ドミニカ共和国、タイ、ジンバブエ、南アフリカ、中国、韓国、台湾を訪ねました。

このような地域を訪ねた時の私の関心は、人びとが拠って立っている、その地域の森や畑や土、その地域の人が食べているものでした。
 前にお話しましたように、
小学生の時に近所農家のおばあさんを手伝って堆肥を撒いたりしたことがあったからでしょうか、また、
農繁期にお手伝いしたからでしょうか、
 いつも、”この地域は、どのようにして食べているのかな?”、
 ” ここの土地は荒れているな”、
 ”ここの森林は二次林だな”、
 ”ここはとても手入れをしている土地だな”、
と想いながら見て回っていました。

 このようなことを、ここでお話して、
 日本の土地の豊かさを、また、日本人が限られた土地を大事に育てながら
暮らしてきたことの意味を十分に知らないまま、戦後、逆に粗末に扱ってきたことへの危惧を、共有できますこと。 とてもうれしいことです。

私たち人間や多様な生きものの生存を黙々と支えてくれているこの土地は、
どうも、世界規模で劣化してきているようです。
データを探してみますと、このような比較が見つかりました!



世界規模で進む土地の劣化



この表は、『図解雑学 農業』(西尾道徳・西尾敏彦著、ナツメ社)から引用しています。

私たちの暮らしの見直しは、

これまで黙々と支えてくれた”それこそ、大きな大きな存在の、大地”に対する見直しでもあるのでしょうね。

  どうぞよい一日を!
               くろ




○△□往復書簡・復信 bP0/2007.11.19
 くろさん。
  昨夜阿蘇から帰ってきました。世の中には凄いことを淡々と何年も前から続けている人が沢山いることが嬉しい事です。
  五風十雨農場が目指すモデルにまた出会いました。
 私は鳥に乗って空高く舞い上がり、約2時間で熊本空港に降り立った。トンボも蝶も鳥も舞い上がってもそこにとどまることは出来ない。
 いつかは大地に下りなければならない。空は生活の場ではあっても、暮らし住むこと は出来ない。

 阿蘇は広大な大地でした。取り巻く外輪山、中にある阿蘇5岳から流れる緩やかな稜線が草原を形づくる。
 自然のままで草原が出来ていると漠然と思っていたが、この地にも手を加えなければ木が生え茂り、草原は何年か後には森林地帯へと向かう。
阿蘇百姓村の山口力男さんは、この地に生まれ育ち60歳の今も地元に深く関わりながら生きている。3月に行われる壮大な野焼きにも先頭に立つ。
 40頭の繁殖用の赤牛を飼い、農業も大きく営んでいる。都市の住民に田舎の体験や交流をしてもらう30人くらいの民宿も経営している。
 別に農業体験者用の家も維持している。地元と深く協調しながら新しい試みも積極的に取り入れている。
 このことを30代から行っていて、60歳の今ではその辺のことを整理して、タンザニアの植林など世界に目を向けていて、
 遊びながら人生を楽しむスタンスへと変化してきているようだ。「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん」の世界に遊んでいる。
 阿蘇の、地球の大きな未来を意識しながら、自分の設計も多少はしているようだが、良くわからない。
 訪れた私たちをフワ〜〜とした何ともいえない穏やかな雰囲気に包み込むおおらかな人間性にまたお会いしたいと思った。


牛のいる阿蘇の風景


 世の中には様々な人間が様々な思いをもって暮らしています。その光を求めての3日間でした。

 今日も良い一日でありますよう。 むこうやんま

毎日新聞切り抜き


→ 第11回往復書簡 〜 



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